西日本急行

名神間の鉄道を想像し、創造する


社章

社紋は1943年4月1日の西日本急行電気鉄道創立時に制定された。大阪市と京都市の市章を図案化した新京阪鉄道の社紋を継承し、新たに神戸市と名古屋市の市章を図案化して追加することで、当時の六大都市のうち四都市を結ぶ広大な路線網を示したものである。

外周の円は車輪を図案化して鉄道会社であることを示すとともに「業務の完全かつ円滑な遂行」を願う意味が込められている。コーポレートマーク導入後も、運輸業の制服や交通事業の旅客営業車両などには必ず掲示されている。

コーポレートマーク

西急が設立50周年を迎えコーポレート・アイデンティティ(以下CI)を導入した1993年4月1日に制定された。以前より掲出されていた鉄道車両のエンブレムをもとに、当時の西急の英文社名であった Nishinippon Express のNとEを用いて鳥の飛翔を図案化し、「未来への飛翔」というブランドステートメントを表現したものである。

エンブレム

鉄道の営業車両に掲出されているシンボルマークである。原案は1949年1月1日の臨時超特急運行再開時に正雀工場の有志によって製作された私製ヘッドマークであり、戦後復興への意気込みが込められていたという。好評をもって迎え入れられたことから、後に2種類図案化されたものがエンブレムとして鉄道車両に掲出されることとなった。

いずれも鳥の飛翔をデザインしたものであり、正面から見た図案は公式には「甲号」と呼称され、名神特急の定期運行再開時に特急車両に掲出されたのが始まりである。横から見た図案は「乙号」として、一般車両用として新たに制定され、1954年の1000系(初代)営業開始に際し、新性能車であることを告知する意味で掲出されたのが始まりである。ファンの通称として、「甲号」は「両翼マーク」、「乙号」は「片翼マーク」と呼ばれている。

このうち「乙号」については、一般車両用として旅客の目に触れる機会が多く、その認知度の高さから1955年頃から社紋に準ずる扱いで使用されるようになった。当時のロゴタイプとともに、一般掲示物およびパンフレット類でも使用されていたことから、西急におけるロゴマークの始まりと見てよい。CI導入に伴いコーポレートマークが制定されると、再び一般車両に限定して用いられるようになった。この時にエンブレムの掲出終了の可能性が噂され、西急が「今後も意匠の変更や使用終了の予定はなく、鉄道車両のブランドとして次世代にも受け継いでいく」と広報する事態になったことは有名である。