メモ3

【西急のバス事業の営業範囲について】 ※12/22の県活での雑談中 「おそらく京阪神間のみで滋賀県内は堤」 1943.05.10に、鉄道省監督局の斡旋により、株主である宇治電興業(旧宇治川電気)の管理下にあった近江鉄道は旧西急(1943.04.01に新京阪が名急を吸収合併して発足)の傘下に入る。 これは名急発起人に林 安繁と山崎 主計が名を連ねていたことも一因である。 ただ、堤 康次郎の箱根土地が近江鉄道に興味を示していたことは、当時から旧西急も把握していた。

戦後になり、国土計画興業(旧箱根土地)が滋賀県内における不動産事業への参画を目的として旧西急に接触、このときに”湖北の開発事業”と”バス事業”については不可侵とする紳士協定が結ばれている。 すなわち、湖南と湖東の鉄道および不動産事業は西急が、湖北と湖西(もっとも湖西は江若鉄道のテリトリーではあるが)のバスおよび不動産事業については国土計画興業が担う、というものである。 これにより、西急は滋賀県内でのバス事業のほとんどを湖国バス(現実よりもかなり早期に設立)に任せることとなった。

【堺筋線にかかわる処理の最終稿】 御堂筋線・谷町線・堺筋線の深度がわかった(ただし裏付けとなる一次資料が見つからないため要調査)ので、天神橋駅周辺の路線の位置関係をこれで決定とする。 西急梅田は深度約18m、御堂筋線梅田は深度約12m 西急天神橋は本線ホームが深度約12m、千里線ホームが深度約6m 西急梅田は2面4線、天神橋は本線が2面3線のち4面3線、千里線は2面2線

梅田の深度についての根拠 近代以降の大阪・梅田ターミナル都市空間の変容について
https://www.i-repository.net/contents/osakacu/kiyo/111G0000009-2009-050.pdf
この図4の下層地下鉄道

【車両の規格について】 ※図示の車両限界は新京阪車輛構造図集による いずれも一般車(通勤車両)の寸法であり、特急車は高さが低くなる 全長:20,000mm 全幅:2,850mm 全高:4,200 mm(パンタ畳み高さ)/4,100 mm(空調上面) 車体高:3,650 mm(屋根上面) 車体長:19,500mm 床面高:1,200mm 構体高:2.650mm 構体床高:200mm 連結器高:880mm *乗降場定規:1,067mm(新京阪車輛構造図集による)

上記の規格は戦後の運輸省63系入線にともない設定されているが、「新京阪乙号車輛定規」内に収まっている また、半鋼製客車平面図(計画図)によれば、車体長66フィート6インチ(20,270mm)の付随客車が計画されており、路線の敷設においてもこの車体長を考慮しているものとする

【制服】 先日別の所で引用として
https://x.com/hankyu_ex/status/1719912714661990695
を挙げたので改めて 戦時統合から1972年3月31日まで:黒詰襟・金色5つ釦・官帽 1972年4月1日から2000年12月31日まで:アッシュグレーのシングルジャケット・金色3つ釦・えんじ色ネクタイ・ケピ帽 2001年1月1日から現在:チャコールグレーのシングルジャケット・金色3つ釦・えんじ色ネクタイ・ケピ帽 100周年でのリニューアルはなかった

【車両】 以前のデータを飛ばしてしまったのでInkscapeで作り直し始める まずは1960年代初頭に製造された非冷房時代の構体から 冷房車の場合は風道設置の関係で車体高は100mm高くなり、側扉も1,800mmから1,850mmになる 以降2003年の「通勤・近郊電車の標準仕様ガイドライン」に基づいた車両製造まで原則として絵の寸法に準拠 側窓の寸法は870mm*870mmで、側扉間は3,500mm、側扉は1,300mm 車側灯は方向幕非設置時はこの位置、方向幕設置時は側窓と側窓の間に移動させるかも? (とりあえずシンメトリにデザインしたい)

【寒冷地仕様の車両である根拠】 年に数度とはいえ、この環境に耐えうる装備が必要 床下機器も露出させず、かなり早期から機器箱に収納されている 台車の金属コイルばねにエリゴばねを採用する理由がこれ 副次的に振動や共振の減衰に貢献している 初期には軸ばねだけではなく枕ばねにも採用されているが、後に車体指示方式がスイングハンガー方式の台車にはベローズ型空気ばねに更新され、それ以外にはダイアフラム型空気ばねが採用されている