歴史
西日本急行は、1943年4月1日に陸上交通事業調整法を根拠とした新京阪鉄道による名古屋急行電気鉄道の吸収合併と、阪神電気鉄道からの路線譲受により発足した。その前身各社の成立から現在に至るまでの経緯を、戦前・戦後の二編に分けて記す。
戦前
- 新京阪鉄道
- 西急の母体。京阪が設立した別会社として1922年に誕生し、北大阪電気鉄道の買収を経て天神橋を起点に建設を進める。
- 阪神電気鉄道 岩屋尼崎間増設線
- 阪神が輸送力増強を目的に計画した増設線。伝法線の延伸と神戸側の岩屋尼崎間建設が並行して進められ、1930年代に全通。
- 新京阪と阪神の相互直通運転計画
- 稗島線免許の譲渡契約を機に、神戸〜京都間の直通運転計画が進展。梅田延伸により1938年に相互直通が実現。
- 名古屋急行電気鉄道
- 京阪社長・太田光凞らが発起した大津〜名古屋間の電鉄計画。1930年設立、1938年に名阪間が一本の線路で結ばれた。
- 京都市内の路線
- 四条通から五条通経由への計画変更を経て、1933年に新京阪大津延伸線が開業し名急との連絡が実現。
- 「西急」の発足
- 1943年4月1日、陸上交通事業調整法により新京阪が名急を吸収合併し西日本急行電気鉄道が発足。同年10月に阪神増設線も譲受。
戦後
- 戦後の輸送混乱
- 終戦直後、車両の荒廃と食糧輸送の激増により輸送事情は戦時以上に悪化。八日市工場設立や63形割当を経て徐々に回復。
- 名古屋市復興計画
- 名古屋市の復興計画に基づき、仮駅だった名古屋駅の本設化と大治〜中村間の連続立体交差化を1950年代に実施。
- 水害との戦い
- 1953年の台風13号と1959年の伊勢湾台風で京阪間・木曽三川以東が壊滅的被害。復旧と並行して路線改良工事が進められた。
- 洛西の観光開発
- 戦時中に廃止された愛宕山鉄道の再建を1960年代に実現。嵐山線への編入と鋼索線の復活により洛西観光の基盤を整備。
- 湖南・湖東開発への全面協力
- 滋賀県の要請を受け、大津〜野洲間に中間駅を大量開業。運行本数も倍増させ京阪神との連携を強化した。
- 京阪間での発展
- 千里ニュータウン開発に合わせて千里山線を段階的に延伸。万博開催時には北千里〜三宮間で直通列車を大量運行。
- 東海道新幹線と名神特急
- 1964年の新幹線開業で名阪間シェアが激減。長距離一本から都市間連絡特急へと運用を転換し、1970年に新型特急車を投入。
- 都市交通審議会答申第7号
- 1963年の答申で堺筋線と千里線延伸が整備対象に。万博開催決定を機に計画が本格化し緊急整備路線に格上げ。
- 大阪市営地下鉄第6号線
- 乗入方式をめぐり大阪市と長期交渉。天神橋駅地下にホームを新設する妥協案で決着し、1969年12月に堺筋線が開業。
- 北大阪急行電鉄設立
- 御堂筋線の江坂〜千里山間延伸を担う子会社として北急を1967年設立。1970年の万博に合わせて開業し建設費を会期中に償却。
- 商号変更
- 1972年、創立50周年を機に「電気鉄道」を外した西日本急行へ商号変更。公式略称・エンブレム・イメージカラーを制定。
- 運輸設備の変革
- ATS全線整備・連続立体交差事業・駅近代化10カ年計画など、1970年代を通じて輸送インフラの大規模な刷新を推進。
- 新石榑トンネルの開通
- 永源寺ダム建設による路線水没に対応し愛知川右岸へ新線を付け替え。石榑峠に並行する新石榑トンネルを1969年に開通。
- 桜通線相互直通運転への動き
- 1972年の答申を受け名古屋市と協議。西急中村駅での分岐方式で合意し、1989年に桜通線との相互直通運転が開始。
- 半導体の技術革新とともに
- 1980〜81年にPTC全線導入で運行管理を一元化。1985年にはビデオテックス端末「テレスポット」で情報サービスを開始。
- 運輸事業における変革
- 1986年に界磁添加励磁制御車3000系とVVVF車8000系が登場。高速バス事業も拡大し、1987年にプリペイドカードを導入。
- バブル景気と西急
- バブル期に不採算資産を整理し体質強化。1993年にCI導入、同年代に堺筋線・桜通線の相互直通区間を相次いで延伸。
- 阪神・淡路大震災
- 1995年1月17日の兵庫県南部地震で阪神間の施設に甚大な被害。7月1日に全線復旧したが、定期旅客の流失は避けられなかった。
- 震災を乗り越え新世紀へ
- 震災後、スルットKANSAIを早期導入。1996年にウェブサイト開設、1999年に特急インターネット予約を開始するなど情報化も加速。
- バリアフリーへの対応と新型車両ラッシュ
- 交通バリアフリー法を機にUDを推進。2000〜03年に10000系・7300系・9020系と新形式が相次いで登場し高経年車を置き換え。
- ICカードの導入
- ICOCA・PiTaPaの同時導入を決定。全駅有人化を前提に整備を進め、2006年2月に全線でICカードサービスを開始。
- 次の100年へ向かって
- 標準仕様ガイドライン準拠の1000系(2代)を2010年導入。液晶サイネージやWiMAX基地局整備など情報インフラも刷新。
- 多言語対応に向けた動き
- 2013年にUD推進計画を策定、多言語放送・表示の整備を推進。2019年には全編成の車内放送が多言語・自動放送化を完了。
- 試練を乗り越えて
- 新型コロナウイルス感染拡大で2020〜21年に運輸収入が激減。各種制限が続く中でも新サービスを模索し、2022年に創立100周年を迎えた。